「花かんざし」その1。

 夕奈は恥じていた。
 夕奈は現在、京都駅で人目も憚らずにわんわん泣いている。夕奈は小さな子供ではない。高校生だ。高校生にもなって、己の感情をコントロールできない。そんな自分に嫌気が差して、最初は迷子になった心細さから泣いていたはずだったのに、そんなことはすっかり忘れてしまっている。ただ、自責のために泣いている。
「あんた、迷子なん?」
「え」

美園「はあぁ〜っ!! 何これ、夕奈ちゃんと紡くんの出会い!? 京都駅でナンパは、ベタすぎるでしょ!! あぁ、地元の美系男子に、地方から来た美少女が…」
竹乃進「えぇ、見るの? 見はるん…!?」※引いてる。
美園「だって、神様が私に見せてくれているのよ? 見なきゃ、失礼でしょ!?」
竹乃進「お、お父さんは…?」
絆「高校生の紡が見られる…」
美園「はぁはぁしてる。やだ、気持ち悪〜い!!」
絆「美園こそ、高校生の夕奈ちゃんに興奮してはるくせに!!」
美園「何よぉ!!」とっつかみあいに発展。
竹乃進「じゃあ、代わりにオレが」
絆「何でやねん!?」

 二重に驚く。自分と同じ女の子の声がしたと思って顔を上げたのに、目の前にいたのはよりにもよって夕奈が苦手とする男だったのだ。幼少より周囲に女性しかいない環境の中で育った夕奈は、男がそら恐ろしかったし、どう接すれば良いのか皆目検討もつかなかった。夕奈にとって、男は「異人」という印象だった。自分たち女性と違って、身体が大きいし、筋肉だらけで触ったら固そうだし、ひげをはやしてまさに野蛮人そのものに思える。だから、男に話し掛けられるといつも黙りこくってしまう。冷や汗をかく。いや、話し相手が女性であったとしても、相手の考えを理解して更に十分に自分の意思を伝えることは、夕奈にとって非常に困難なのだが、それでも、相手が女か男かで緊張の度合いはかなり違ってくる。
 まばたきの数を多くしながら、男の顔を見る。まばたきは警戒の証で、シールドだ。涙で視界ははっきりしないし、更にはまばたきのせいで断続的にしか見えない。自分と同じくらいの歳だろうか。
「そない警戒しはらんでも」
 夕奈は首を傾げたくなる。しかし、体中の筋肉が緊張しているので、うまくできなかった。不恰好に身体が一瞬、びくついただけだ。
「で、あんた迷子なん?迷子やったら、道案内してあげよか思て」
 不思議だ。何度、聞いても女の子が喋っているようにしか思えない。確かに声変わりはしているようだが、どちらかと言えば夕奈のよく知る「女の子」に近いのだ。流れるように囁かれる京ことば。耳に染み入る、と思った。自分は関東の人間なのに、本当にこんなに不思議なことはないと思う。
 夕奈がようやくこくん、と頷く。喋り方だけではなく、容姿も女の子に近い男の子は笑ったようだった。白い歯を見せ、綺麗な黒髪をさらりと揺らし、首を傾げる。
「また、迷子にならはったらあかん。手ぇ、つなごか」

竹乃進「思いのほか、ぐいぐい行くな!!」興奮。やはり、ふたりの子。
圭一「兄さん、何読んでるの?」
竹乃進「うおっ、圭一か!! 今な、若い頃の紡叔父さんと夕奈叔母さんの話がな」
圭一「え、貸して!! 読ませろ!!」
竹乃進「奪われた…!!」