「郵便少年」を読んで、手紙は愛。

小学校二年生の時分に、学校でやっていた郵便ごっこ。女子小学生ならば、一冊や二冊は買って読んでいる少女漫画の月刊誌によくついてくるレターセット。そんなものをたくさん集めて、お手紙書いてポストに入れると、届くよという仕組み。人の悪口など書いてみて、関係者全員担任に呼び出しなどくらっていた。青春。
幼稚園の先生とのお手紙交換など、多少大きくなってから読み返してみると、もはやただの恋文。
高校の部活動にて、先輩に当てた寄せ書きがまたもや「恋文っぽい」と揶揄される。なんだか、そんなこともあって、浪人時に「お誕生日おめでとう色紙」に何も書けなかったのかもしれない。だって、もう四月生まれ二人はそんなものもらっていないのに、ずるっこじゃあないですか。こういうことをしちゃうあたりが、ヒサコさんが言う「宇宙人」たる所以なのでしょう。
一方では、「京大に受かったら、山のような手紙を送ってもよい」という約定をそれとなく、反故にし夏目漱石の『こころ』に出てくるまるで本かしら? といったレベルの手紙を各所の友人に送り付けまくる。 ドアポストの中、封筒を閉じていたガムテープが剥がれるほど。
マタムネ氏のお手紙も、相当長そうな気がするのだが、何せポチ袋。それは、猫の手ですから小さな文字でしょう。つまりは、そういうことです。
手紙は、愛です。